走る意味を見失った日、「ただ足を前に出す」ことに潜むストア派の哲学

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毎日走り続けていると、ふと「なぜ自分は走り続けているのだろう?」と迷いが生じる日があります。

走ったからといって一攫千金が得られるわけでも、直接的に何かの成功が約束されるわけでもありません。疲れや痛みが残り、ネガティブな感情に包まれる朝は、走りたくない理由などいくらでも浮かんできます。

それでも私が走り続ける選択をするのは、走る行為の中に「自分自身の人生を、自分の意志で動かすための哲学」が詰まっているからです。

私の走り続ける理由と乗り越え方をお見せします!


目次

1. ストア派哲学「コントロールできること」に集中する

夜間の濡れた路面に白線と自転車マーク、横断歩道が描かれた一本道の道路
夜間の雨上がりに濡れたアスファルト道路と自転車優先レーンの表示です。

スマホやPCを開けば、無限に他人の活躍やエンタメ情報が流れ込んでくる現代社会において、意識して「何もしない時間」を作るのは容易ではありません

他人の評価や過去の出来事といった、自分ではコントロールできない外部情報に心と時間が侵食されがちです。


古代ローマのストア派哲学には

「自分がコントロールできる領域(自分の思考や行動)に集中し、コントロールできない領域(他人の評価や外部の環境)を手放す」

という考え方があります。


ランニングは、まさにこの哲学の実践です。

  • コントロールできないもの: 他人の目、SNSの評価、過去の失敗
  • コントロールできるもの: 今、自分の足を踏み出し、前に進めること

ランニングをしている時間は、誰のためでもない「自分自身のため」に身体を動かしている時間です。

外部に振り回されるのをやめ、自分の身体を自分でコントロールする感覚を取り戻すことこそが、現代人にとって何よりの救いになります。


2. 葛藤が生まれた時に唱える「自分への呪文」

朝焼けのオレンジ色の空を背景に、赤信号と地平線から昇る太陽を捉えた道路風景
朝の澄んだ空気のなか、地平線から太陽が昇る街並みの道路風景です。

そうは言っても、朝起きて体が重い時や気分が乗らない時は、「走りたくない」という強烈な甘えや葛藤が生まれます。

そんな時、私は自分自身にこう問いかけます。

「たった1km走るのにかかる時間は約5分。その5分を諦めるほど、今の自分は本当に限界なのだろうか?」

諦めて立ち止まるほどの状態ではないと気づいた時、私は次のような「呪文」を心の中で唱えながらシューズを履きます。

「ゆっくりでいい。きつかったら途中で歩いてもいい。少しだけでもいいから外に出て走ろう」

ハードルを徹底的に下げて外に出てしまえば、不思議と身体はスムーズに動き出し、気づけばいつもの距離を走り終えています。

走っている最中は、子どもの頃のように「ただ足を一歩ずつ前に踏み出すこと」だけに集中する。

意味や理屈を考えず、純粋に動作へ没頭することで、心の葛藤はすっと消えていきます。

走り終えた後は、達成感や満足感が得られて気分もスッキリしているのが前向きな気持ちにさせてくれると感じます。

「今日も走って良かったな」と思っています。


3. 「義務・数値」の執着を手放し、「楽しむ」領域へ

毎日ランニングを継続していると

いつの間にか「今日もこの距離を走らなければ」「このタイムを維持しなければ」

という数字や維持への執着(意地)に縛られてしまうことがあります。

その結果、体の悲鳴を無視して故障や過度な疲労を招くことも少なくありません。

本来必要なのは

自分のコンディションを冷静に見極めて調整する柔軟性と、「動くこと自体の心地よさ」を思い出すことです。

私の好きなロックバンド・UVERworldの楽曲『One stroke for freedom』には、次のような歌詞があります。
※Youtubeリンク:UVERworld『One stroke for freedom』

「才能だけじゃ努力に勝てない 努力なんかじゃ楽しむ奴には勝てない」

ランニングを「達成すべき義務」や「つらい努力」として捉えているうちは、いつか限界が来ます。

どんな努力家も、その行為自体を「楽しんでいる人」のエネルギーには勝てません。

走ることを努力から「楽しむこと」へと意識をシフトさせた時、心にかかっていたプレッシャーは一気に吹き飛びます。

これは、私にとっての気づきでもありました。

これを書いている間にも今一度見直す必要があるのかなと反省しています。

青灰色のフード付きジャケットを着た若い男性(筆者Tomoya)がカメラに向かって親指を立てて良いねを示すジェスチャーをしている。
筆者Tomoyaがカメラに向かって親指を立てて良いねを示すジェスチャーをしている。

4. まとめ:肩の荷を下ろし、気楽に一歩を踏み出そう

もし今、走る意味を見失っていたり、「明日走りたくないな」と憂鬱を感じているなら、一度肩の荷を下ろしてみてください。

タイムも、距離も、他人の目も気にする必要はありません。走る意味なんて、後からついてくるものであり、その瞬間にわざわざ定義しなくてもいいのです。

「きつかったら歩いてもいい」

そのくらいの気楽な気持ちでシューズを履き、ただ一歩前へ足を出すこと。それ自体を楽しめた時、あなたのランニングは義務から解放され、一生モノの心豊かな習慣へと変わっていくはずです。

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